第20回 総会・研究大会


【プログラム】

日程:2018年7月1日(日)

会場:日本女子大学 目白キャンパス百年館4階マルチメディア1教室

〒112-8681 東京都文京区西めじろ台2-8-1

アクセス・マップ


10:00~

受 付

13:00~15:25

研究発表/午前の部 (発表30分、質疑応答15分)

11:50~12:10

総 会

12:20~15:50

研究発表/午後の部 (発表30分、質疑応答15分)

16:00~18:00

シンポジウム

18:30~

懇親会



【研究発表 要旨】


コモンズとヘテロトピア -- 地域の文化資源をとらえる視点の再考 --

瀧本 往人

"Commons" は 1968年に Garrett Hardin が Science誌に発表した"The Tragedy of the Commons" という論考に端を発して注目されるようになった概念である。"Commons" は、個人所有ではなく誰もがアクセスできる牧草地など、地域社会において共有される「場所」を指し、世界の人口問題が技術的な解決は困難であり道徳性において検討する必要があるという主張を裏付ける事例として持ち出された。ところがその後、Hardin の思惑を超えて"Commons"はさまざまな領域にわたって議論が行われるとともに、しかも意味も多様化する。中でも、Ivan Illich は1982年に来日した折に朝日新聞のシンポジウムに用意した草稿 "Silence is Commons" や同年に刊行した著書 Gender において、非市場経済において育まれた"Vernacular"な共有空間や道具、文化などを意味させるとともに、コンピュータやサイバー空間における展開可能性をも示唆し、これが後にインターネットの理念を支えることになる。さらに、Lawrence Lessig が 2001年に著書The Future of Ideas - the Fate of the Commons in a Connected World においてインターネット上における情報や表現の自由のあり方を"Commons"と呼んだことによって、情報や文化の領域で広く議論されるようになった。

他方、"heterotopie" は Michel Foucault の造語で、1966年に刊行した代表作 Les mots et les choses の序文の中で最初に使用し、また、同年 "Les heterotopies" という題名のラジオ講演において提示され、ユートピアが理想化された非在空間であるのに対して、異なるものが共にある実在空間を意味し、墓場や博物館、図書館などがその代表例として挙げられた。ただしこの概念はそれほど当時注目されたわけではなく、彼の以後(1984年以降)次第に脚光を浴び始め、地理学や建築学、都市論などで広く議論されるに至っている。

こうした、"Commons" と "heterotopie" という概念は、地域の文化資源をとらえるうえで重要な意味を持つと考えられ、これを機会に両概念を合わせて、その有効性を検討する。なお、これに加えて、今回は取り上げないが、Pierre Bourdieu の "capital culturel" と "capital symbolique" も重要な概念であり、別の機会に改めて論じたい。



ロック哲学における「伝承」の問題 -- モンテーニュの『エセー』と比較して

瀧田 寧

経験論哲学者ロックにとって、経験を越えてもたらされる伝承は信念や意見の根拠となっても、確実な知識の根拠とはならない。しかし自らの経験を根拠とする知識だけでは、人間の生活を導く上で不十分である。その不足を補うには、蓋然性の高い伝承を活用した探究が必要である。

ところで伝承の蓋然性を見極めるには、その伝承に関わる人々を誤りに陥らせる可能性がある諸問題を検討しなければならない。ロックは確かにそうした問題を論じているが、それはどこまで独創性のあるものなのだろうか。ロック以前にそうした問題を考察し、ロックもその著作に触れている人物の一人に、モンテーニュがいる。教育論では、ロックがモンテーニュから影響を受けていることはすでに指摘されているが、哲学については、管見の限りでは、従来あまり指摘がない。

そこで本発表では、両者の類似点の考察から始めて、どの辺りからロックの特徴が浮かび上がってくるのかを検討したい。



現代における市場の原理と道徳について -- M・サンデルの議論を手がかりとして --

鈴木 正見

鵜飼秀徳著『寺院消滅』(日経BP社、2015)が発刊されたころから、現在の寺院経営の変調がメディアでも扱われるようになった。少し遅れて、「みんれび」という会社がネット流通大手のアマゾン上で「お坊さん便」としてサービスを開始したことが話題を呼び、さまざまな議論を呼び込んだ。こうした時代状況が前提にある。

こうした状況で、サンデルが指摘した「いかにして市場は道徳を締め出すか」(『それをお金で買いますか』第3章、鬼澤忍訳、2012)の問題を宗教的心情に適応させてみたい。サンデルは「道徳の締め出し」として、ボランティア精神や遅刻の罪悪感に報酬や罰金を与えることで、道徳的心情がコストや費用対効果の問題へとカテゴリー・シフトすることを述べている。ネット上の葬儀社が「明朗会計・追加料金なし」をうたい文句とすることが宗教的心情に与える影響を考察する。



ケベック社会とキム・チュイ作品における間文化性について

関 美鈴

フランコフォニー国際機関が1970年に設立されて以来、カナダでフランス語を唯一の公用語とするケベック州は、カナダ連邦の1州でありながら、フランス語圏各国から熱い期待を寄せられている。セネガルの詩人で初代大統領のレオポルド・サンゴールらによって提唱され、アフリカのフランス語圏諸国を中心に発足したフランコフォニー国際機関は、経済面の連携のみならず、博愛的・友好的連帯に基づいたフランス語圏文化の振興を謳っている。フランスが、新植民地主義というレッテルを恐れたため参加に難色を示すと、外交権を有するケベックが重要な役割を担うようになる。多文化主義を掲げるカナダ連邦と一線を画すケベックの間文化主義は、ケベック文学にも反映されている。

本発表では、ケベック社会を取り巻く歴史的状況を確認しながら、ベトナム出身のケベック人女性作家キム・チュイの作品の特徴を、その間文化性に注目しながら明らかにしたい。



『月の兎』伝承における国定教科書の影響

木内 英実

日本、中国において現在でも祝われる伝統行事「仲秋の観月」の際に、古代インドの説話文学「ジャータカ」を起源とする「月の兎」の話が語られ、古来よりその時期に因んだ様々な文物に「月の兎」モチーフが用いられてきた。「月の兎」の日本における伝承過程での変遷には、時代思想、特に日中戦争・太平洋戦争下でのプロパガンダなど国家的な関与が認められる。

第二次世界大戦期の国定国語教科書編集意識を一つの手掛かりに、伝承昔話「月の兎」の本質について考察し、現代における伝承のあり方について探る。



地域創生の実践的試みと課題について

臼木 悦生

地域社会の崩壊が叫ばれて久しいが、そもそも地域が崩壊するとはどういう現象であるのか。地方では、過疎化や都市への一極集中、生活様式の変化、大型店舗の進出等に伴って、商店街の崩壊・シャッター化、コミュニティの崩壊が進んでいる。

こうした様々な現状に対して、はたして地域創生・地域活性化は可能であろうか?国内では、「地域再生」「地域活性化」という言葉で表現されることが多いが、海外では一般的に「地域発展」(regional development)という言葉を使用する。「地域再生」や「地域活性化」という言葉を使用する場合は、概して経済的視点が強調されるが、「地域発展」は経済的側面ばかりではなく、文化的・社会的側面も含意されている。こうした海外的な視点と国内的視点を比較し、その差異を考察することで、日本独自の地域社会の歴史的変遷とその課題について考えてみたい。

そして、それをふまえた上でこれまで国内で行われてきた地域活性化や地方創生の実践的試みを検証し、今後の課題ついて考えていくこととする。



明治後期の学校衛生の直面していた課題 -- 医学的学校衛生から教育的学校衛生への転換理由 --

高橋 裕子

明治期の学校衛生は、明治30年に諸制度が整い、なかでも31年の勅令・学校医はその中核とされた。ただ当初は設置率も少なくすぐに普及したわけではない。学校医によって担われつつあった学校衛生の現状を、現場の教員や学校医を含む医師たちはどのように認識していただろうか。本発表ではこの問題について、長野県の事例を通して考えてみたい。ここには教員と医師という異なる立場の雑誌がある。長野教育会の『信濃教育』と、信濃衛生会の『信濃衛生』を資料にして、学校医設置後の学校現場の現状に明らかにしてみよう。その際、注目するのは、師範学校長・原龍豊が明治40年時点の実感を吐露する次の記事である。

学校衛生を以て教師に一任したる時代にありては比較的よく実行されたるも、学校医を置きたる以来、学校衛生は兎角不振勝となりしが如し。今や学校衛生は教師と学校医の中間に放擲せられ双方より顧みられざる悲境に立つてり。(原「偶感雑録(続き)」『信濃教育』第254号明治40年12月)

学校衛生は、学校医設置後は不振勝ちとなり、教師と学校医の「中間に放擲」されているという。この現状を明らかにした上で、教育的学校衛生(大西永次郞)へと転換する背景を展望してみたい。



【シンポジウム】

テーマ:「移行期正義・歴史記憶・和解」

80年代以降、世界各地の国々で民主化後に進展する「過去の克服」=移行期正義の動向を踏まえ、移行期正義がどのように共同体における集合的記憶(歴史記憶)の構築に寄与しているのか、また、その関連で、社会や地域の和解がどこまで進んでいるのか、いないのかについて、東欧(リトアニア)、東アジア(韓国、台湾)の地域研究の立場から、各地域の特殊性から導き出される和解に資する普遍的な枠組みの可能性について議論する。


コーディネーター・パネリスト :: 平井 新(台湾現代史・早稲田大学大学院)

1980年代の民主化により起動した台湾における「過去の克服」の政治は、現在までに三度の政権交代を経て、権威主義体制期の国家暴力から先住民族の復権の問題にまで争点が広がりつつある。本報告では、分裂国家であり非承認国家である「中華民国」憲法体制の下での台湾における移行期正義のダイナミックな動向と社会の和解の可能性と限界について、アガンベンの「例外状態」をキーワードに論じたい。


パネリスト :: 佐藤 雪絵(韓国現代史・早稲田大学大学院)

民主化以後の韓国政府は、様々な過去の不正義の克服に、政策として取り組んできた。しかしながら、この背景には、常に民衆による問題提起があった。本報告では、韓国の「過去の克服」のあり方を、民衆運動のダイナミズムという視角から論ずる。


パネリスト :: 重松 尚(リトアニア現代史・東京大学大学院)

1980年代末から90年代初頭にかけて体制転換を経験した旧東欧諸国においては、社会主義体制を歴史的に評価するための国家機関が相次いで設立された。さらに、集団的記憶の再構築や歴史の紛争化も伴って起きている。本報告では旧東欧諸国における近年の動きを踏まえ、東アジアなど他の地域との比較のための視座を提供する。




第20回総会

2018年7月1日 於 日本女子大学




懇親会

18:30~ 於 目白駅前レストラン







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